会社帰りのドラッグストア。胃腸薬の棚の前で、箱を持ったり戻したりしながら、気づけば10分近く経っていた——。
「整腸剤」「下痢止め」「ガス」「胃腸鎮痛鎮痙薬」。似たような箱が横に並んでいて、どれも自分の症状に当てはまるように見える。かといって、店員に「通勤中に腹が痛くなるんですが」とは聞きにくい。
結局、いちばん目立つところにあった下痢止めを買って帰る。効いたような、効かなかったような。そして翌月もまた同じ棚の前に立っている。
40〜50代の男性から、この話は本当によく聞きます。過敏性腸症候群(IBS)の薬えらびが難しいのは、症状が似ていても「腸のどこで何が起きているか」によって、選ぶべき薬がまったく違うからです。
そしてもうひとつ。過敏性腸症候群の薬には、市販で手に入る層と、医療機関でしか選べない層があります。この2層の存在を知らないまま市販薬だけを試し続けると、「何を飲んでも変わらない」という結論にたどり着いてしまいます。
この記事では、薬をタイプ別に整理したうえで、市販薬で様子を見ていい範囲と、病院に切り替える線引きまでを順に説明します。
なお、過敏性腸症候群そのものの全体像(症状・4つのタイプ・受診の流れ)については過敏性腸症候群(IBS)とは?40・50代男性の「通勤中の腹痛」の原因とつき合い方で解説しています。あわせてご覧ください。
ドラッグストアの棚の前で、10分間動けなかった
まず、多くの方がどこでつまずいているのかを整理します。
「胃腸薬」という棚に、性格の違う薬が混在している
ドラッグストアの胃腸薬コーナーには、実はまったく目的の違う薬が同じ棚に並んでいます。腸内環境を整えるための薬、下痢を止めるための薬、ガスの泡を消すための薬、けいれん性の痛みをやわらげるための薬——役割が別々です。
ところが箱の表面には、どれにも「おなかの不調に」といった趣旨の言葉が書かれています。これでは、自分の症状に合うものを選べというほうが無理があります。
過敏性腸症候群は「タイプによって選ぶ薬が逆になる」
さらに厄介なのが、過敏性腸症候群には下痢型・便秘型・混合型・分類不能型(ガス型を含む)があり、タイプが違えば必要になるものが正反対になるという点です。
下痢型の方が便をやわらかくする薬を飲めば症状は悪化しますし、便秘型の方が下痢止めを飲めば、当然もっと出なくなります。混合型の方に至っては、下痢と便秘が入れ替わるため、「先週効いたと思った薬が、今週は逆効果になる」という現象が起こります。
「薬が効かない」と感じている方の中には、薬そのものではなくタイプの見立てが合っていないケースが少なくありません。
自己判断でいちばん多い間違いは「下痢止めの常用」
現場で最も多いのが、下痢止めを毎日のように飲むようになってしまうパターンです。
通勤前に1回、大事な会議の前にもう1回。飲めばその日は乗り切れるので、だんだん手放せなくなっていきます。ですが下痢止めは本来、一時的な下痢に対して短期間使うことを想定した薬です。常用を前提に設計されていません。
そして常用が続くと、次のような困った状態に入ります。
- 効きが弱く感じられ、量や頻度が増えていく
- 今度は便が出なくなり、腹部の張りが強くなる
- 張りがつらいので今度は下剤を使う
- 下痢と便秘を薬で往復するようになる
この往復に入ってしまうと、もはやご自身の腸が本来どう動いているのかがわからなくなります。ここまで来ると、市販薬でどうにかする段階ではありません。
過敏性腸症候群の薬は「2つの層」に分かれている
薬えらびの混乱を解くために、まず全体の地図を描きます。
市販薬(OTC医薬品)でできること・できないこと
ドラッグストアや薬局で処方箋なしに買える薬を、OTC医薬品(一般用医薬品・要指導医薬品)と呼びます。「Over The Counter=カウンター越しに買える薬」の略です。
OTC医薬品は、比較的軽い症状に対して、生活者が自分で判断して短期間使うことを前提に設計されています。そのため過敏性腸症候群の文脈では、次のような位置づけになります。
- できること……腸内環境を整える、ガスによる張りをやわらげる、一時的な下痢や差し込むような痛みに対処する
- できないこと……過敏性腸症候群という病態そのものに対して、医師の診断にもとづいた継続的な管理を行うこと
医療用医薬品でしかできないこと
一方、医療機関で処方される医療用医薬品には、市販の棚には並ばない選択肢があります。便の水分量そのものを調整する薬、腸の動きに関わる神経の受け渡しに作用する薬などがそれにあたります。
ここが決定的な違いです。市販薬は「出てしまった症状への対処」が中心ですが、医療用医薬品では「症状が出る手前の段階」に働きかける選択肢が加わります。
そしてもうひとつ、医療機関にしかできない重要な仕事があります。「過敏性腸症候群ではない病気」を除外することです。症状が似ている疾患には、放置してはいけないものが含まれます。この鑑別は、どれだけ市販薬に詳しくなっても代わりになりません。
なぜ「整腸剤を飲んでも変わらない」が起きるのか
「とりあえず整腸剤を飲んでみたが、何も変わらなかった」という声もよく聞きます。これには2つの理由があります。
理由①:期間が短すぎる。腸内細菌のバランスに関わる薬は、数日で体感が変わる種類のものではありません。数週間単位で見る必要があります。3日で「効かない」と判断すると、判断材料が足りないままやめてしまうことになります。
理由②:症状の主因が別のところにある。過敏性腸症候群は、脳と腸が互いに信号を送り合う脳腸相関の乱れが関わる病態です。腸の側だけを整えても、脳の側からの過剰な信号が続いていれば、症状は残ります。この仕組みについては自律神経とは?乱れる原因と整える方法もあわせてご覧ください。
つまり「効かなかった」ではなく「その薬が担当している範囲の外に原因がある」可能性がある、ということです。
市販薬を5つのタイプに整理する
ここからは、ドラッグストアの棚にあるものを目的別に5つに分けます。成分名で見ると、驚くほど整理がつきます。
①整腸剤|腸内細菌のバランスに働きかけるもの
乳酸菌・ビフィズス菌・酪酸菌などの生きた菌を補うタイプです。効能・効果としては「整腸」「軟便」「便秘」「腹部膨満感」などが定められています。
特徴は、下痢寄りの人にも便秘寄りの人にも使える方向性であること、そして作用がおだやかであることです。混合型で症状が行ったり来たりする方にとっては、この「どちらにも振れにくい」性質が扱いやすい面があります。
菌の種類によって性格が異なるため、ひとつ試して合わないと感じた場合、別の菌種のものに変えてみるという考え方があります。ただし前述のとおり、判断には数週間の期間を見てください。
②消泡剤|ガスの「泡」に働きかけるもの
ジメチルポリシロキサン(ジメチコン)などの成分で、腸の中で細かい泡になっているガスをまとめ、排出されやすい状態にすることを目的とした薬です。腹部膨満感に対して用いられます。
ガスの悩みが中心の方は、こちらの分類が該当します。ただし注意点があり、ガス型の苦痛は「ガスの量」よりも「腸の感じ方の過敏さ」に由来することが多いとされています。詳しくは過敏性腸症候群ガス型とは?40・50代男性の「おならが止まらない」原因と対策で解説していますが、消泡剤だけで解決しない場合があるのはこのためです。
③止瀉薬(下痢止め)|いちばん使いどころを間違えやすい
ロートエキス・タンニン酸ベルベリン、ロペラミド塩酸塩などを含むものが該当します。腸の動きを抑える、あるいは水分の分泌を抑えることで下痢を止める方向の薬です。
効果を実感しやすいぶん、いちばん依存されやすい分類でもあります。使ううえでの前提を確認しておいてください。
また、市販の下痢止めの多くは短期間の使用を前提としており、添付文書にも「一定期間服用しても症状がよくならない場合は服用を中止して医師・薬剤師に相談すること」という趣旨の記載があります。毎朝の常用は、この前提から外れています。
④鎮痙薬|差し込むような痛みに対応するもの
ブチルスコポラミン臭化物などを含む「胃腸鎮痛鎮痙薬」です。腸のけいれん性の動きをしずめることを目的とし、キューッと差し込むような腹痛に対して用いられます。
この分類は、40〜50代男性にとって特に確認が必要な注意事項があります。次の状態に当てはまる方は、使用してはいけない、または相談が必要とされています。
- 前立腺肥大などによる排尿困難がある方……尿がさらに出にくくなるおそれがあります
- 緑内障と診断されている方……眼圧に影響するおそれがあります
- 心臓病がある方……脈拍に影響するおそれがあります
ここで問題になるのが、「自分が排尿困難に当てはまるのかどうか、そもそもわからない」という点です。診断を受けていなければ、該当するとは思わないまま箱を手に取ることになります。目安として、次のような状態に心当たりがあるなら、購入前に薬剤師・登録販売者へその旨を伝えてください。
- 夜中に1回以上、トイレのために起きる
- 尿の勢いが以前より弱くなった、途中で途切れる
- 出るまでに時間がかかる、力まないと出ない
- 出し切った感じがせず、すぐにまた行きたくなる
前立腺の肥大は50代以降で頻度が上がることが知られており、自覚のないまま該当している方もいます。この年代の男性がこの分類の薬を手に取るときは、箱の裏の「してはいけないこと」を必ず読んでください。前立腺の変化については前立腺とは?40・50代男性が知っておきたい役割と病気で解説しています。
⑤漢方薬|体質や症状の出方から選ぶもの
過敏性腸症候群の領域では、桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)が代表的な処方として知られています。ほかに大建中湯(だいけんちゅうとう)、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)、桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)などが、症状の出方に応じて用いられます。
漢方薬は「自然のものだから安全」と受け取られがちですが、これらも医薬品であり、体質に合わない場合や、他の薬との組み合わせに注意が必要な場合があります。とくに複数の漢方薬を同時に使うと、同じ生薬が重複することがあります。相談したうえで使ってください。
【重要】棚から自分で取れない市販薬がある理由
ここまで5分類を見てきましたが、実は「過敏性腸症候群」という病名そのものを効能・効果に含むOTC医薬品も存在します。ただし、これは他の薬とは扱いがまったく違います。
第1類医薬品という区分の意味
OTC医薬品は、リスクの程度に応じて区分が分かれています。
- 第3類医薬品……登録販売者から購入可。多くの整腸剤がここに含まれます
- 第2類医薬品……登録販売者から購入可。下痢止め・鎮痙薬・多くの漢方薬など
- 第1類医薬品……薬剤師からの情報提供を受けたうえでなければ購入できません。商品は棚に陳列されておらず、カウンター内で管理されています
過敏性腸症候群の再発症状を対象としたOTC医薬品は、この第1類にあたります。「薬剤師が不在の時間帯は買えない」「その場で質問票への記入を求められる」のは、店側の都合ではなく制度上そうなっているからです。
「医師に診断されたことがある人」に限定される理由
そしてこの区分の薬には、もうひとつ重要な条件があります。「過去に医師から過敏性腸症候群と診断された方の、再発した症状」が対象とされていることです。
これは形式的なルールではなく、明確な安全上の理由があります。
つまり、まだ一度も受診したことがない方にとっては、この薬は入口ではありません。順番としては、まず医療機関で診断を受けることが先になります。この点は誤解されやすいので、はっきり押さえておいてください。
病院で出る薬|市販にはない選択肢
では、医療機関ではどのような薬が選択肢になるのでしょうか。ここで紹介するものはすべて医療用医薬品であり、処方の判断は診察した医師が行います。「この薬を出してほしい」と指定するためではなく、受診の先にどんな選択肢が待っているのかを知るためにお読みください。
便の水分量そのものを調整する薬
ポリカルボフィルカルシウムという成分の薬は、消化管の中で水分を吸収して保持する性質を利用したものです。過敏性腸症候群における便通異常に対して用いられます。
この薬の興味深いところは、下痢のときは余分な水分を抱え込み、便秘のときは便に水分を与えるという、両方向に働きうる設計であることです。下痢と便秘が入れ替わる混合型は市販薬でいちばん扱いに困る型ですが、医療機関にはこうした選択肢があります。
腸の神経の受け渡しに関わる薬|男女で扱いが異なるもの
ラモセトロン塩酸塩という成分の薬は、腸の動きや痛みの信号に関わるセロトニンの受容体に作用するタイプで、下痢型の過敏性腸症候群に対して用いられることがあります。
この薬について、当サイトが特に取り上げたい事実があります。添付文書上、男性と女性で用法・用量の設定が異なる薬であるという点です。もともと男性の下痢型に対して承認され、後に女性への使用が追加された経緯があり、推奨される用量が男女で別々に定められています。
「男性の腸の不調」という切り口の情報が少ないなかで、男性を対象として設計された選択肢が医療機関には存在する——このことは知っておく価値があります。もちろん、使用するかどうかは医師が診断のうえで判断します。
便秘型に対して用いられる薬
便秘型の過敏性腸症候群に対しては、腸管内への水分分泌を促す方向の成分(リナクロチドなど)が用いられることがあります。市販の刺激性下剤とは働き方が異なる分類です。
市販の刺激性下剤を長く使い続けると、量が増えていきやすいという課題が知られています。便秘型で市販の下剤の量が増えてきている方は、その時点で相談の対象です。
抗不安薬・抗うつ薬が選択肢に入ることがある理由
「腸の相談に行ったのに、精神科の薬を提案された」——これに戸惑い、治療から離れてしまう方がいます。ですが、これには医学的な背景があります。
前述のとおり、過敏性腸症候群は脳と腸が双方向に信号をやりとりする脳腸相関の乱れが関わる病態です。腸の側から働きかける薬でうまくいかない場合に、脳の側から痛みの感じ方に働きかけるアプローチが選択肢に入ります。これは「気のせいだと言われた」「精神的な問題だとみなされた」ということではありません。
40・50代男性が薬でつまずく5つのポイント
ここからは、この年代に特有の落とし穴を整理します。年齢とともに、薬をめぐる条件そのものが変わります。
①持病と常用薬が増えている
40代後半から50代にかけて、健康診断をきっかけに降圧薬・脂質異常症の薬・尿酸値の薬などを飲み始める方が増えます。ここで見落とされがちなのが、常用薬そのものが便通に影響することがあるという点です。
たとえば血圧の薬の一部には、副作用として便秘が挙げられているものがあります。「最近便秘がちだ」の原因が過敏性腸症候群ではなく、飲み始めた薬のほうにある可能性も否定できません。
市販薬を買うときは、常用薬をお薬手帳やスマホの写真で示せるようにしておいてください。これだけで、薬剤師・登録販売者が確認できる情報量がまったく違ってきます。
②「してはいけないこと」が該当しやすくなる
前述の鎮痙薬のように、前立腺肥大による排尿困難・緑内障・心臓病が使用の制限にかかる薬があります。これらはいずれも、加齢とともに頻度が上がる状態です。
20代のころは箱の裏の注意書きが自分に関係なかったかもしれませんが、この年代からは「関係ある側」に移っている可能性があります。面倒でも、注意書きは読んでください。
③酒とカフェインを計算に入れていない
薬の話をしていると見落とされがちですが、アルコールとカフェインは、どちらも腸の動きに影響しうる要素です。
薬を飲みながら、夜は毎晩の晩酌、朝は濃いコーヒー、日中も缶コーヒー——という生活では、薬の効果を判断すること自体が難しくなります。薬を試す期間は、せめて量を一定にしておく。そうでないと、何が症状を動かしているのか永遠にわかりません。
飲酒量の見直しについては禁酒の効果はいつから?体に起こる変化を時系列で解説もあわせてご覧ください。
④「効かない=薬が悪い」と結論を急ぐ
忙しい世代ほど、判断が早くなります。3日飲んで変化がなければ「この薬はダメだ」と別の薬に移り、また3日で乗り換える。結果として、どの薬もまともに評価されないまま棚に増えていきます。
過敏性腸症候群の症状は、もともと日によって波があります。調子のいい日が2日続いたからといって薬のおかげとは限らず、悪い日が1日あったからといって薬が無効とも限りません。評価には、波をならすだけの期間が要ります。
⑤出張・会議の直前だけ頓服に頼る
「大事な場面の前だけ飲む」という使い方をしている方は多いのですが、これには落とし穴があります。薬を飲まないと乗り切れないと感じるほど、その場面への不安が強まるという点です。
過敏性腸症候群では、「また腹が痛くなるのではないか」という予期の不安そのものが症状を呼ぶことが知られています。頓服が心の支えになっているうちはよいのですが、薬が手元にないと外出できないという段階まで来ているなら、それは薬の使い方ではなく病態のほうを相談すべきサインです。
市販薬で粘っていい期間と、病院に切り替える境界線
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。目安がいくつか出てきますので、先に「見る順番」を決めておきます。次の①→②→③の順に確認してください。
②次に「どれくらい続いているか」を見る……週1回以上の症状が3か月ほど続いているなら、市販薬で様子を見る段階を超えています。
③最後に「市販薬の反応」を見る……①②に当てはまらない場合のみ、2週間を上限として市販薬を試し、生活の困りごとが変わるかを判断します。
まず「2週間」を目安にする
市販薬の添付文書には、多くの場合「一定期間服用しても症状がよくならない場合は服用を中止し、医師・薬剤師に相談すること」という趣旨の記載があります。この期間は薬によって異なり、下痢止めのように数日単位のものもあれば、整腸剤のようにもう少し長く見るものもあります。
そのうえで、生活の目安としてはこう考えてください。
②市販薬を2週間試して、生活の困りごとが変わらない場合……薬を替えて試し続けるより、原因の見立てを一度プロに任せたほうが早道です。
市販薬で様子を見てはいけない「赤信号」
次の症状は、期間に関係なく、市販薬で対応せずに医療機関を受診してください。過敏性腸症候群以外の疾患を考える必要があるサインとされているものです。
- 血便が出た、便が黒い
- ダイエットをしていないのに体重が減ってきた
- 発熱をともなう
- 夜中に腹痛で目が覚める
- 貧血を指摘された
- 50歳を過ぎてから新しく症状が出始めた
- 血縁者に大腸の病気の既往がある
とくに「50歳を過ぎてからの新規発症」は見落とされやすい項目です。過敏性腸症候群は比較的若い年代で始まることが多いため、この年齢で初めて出てきた腹部症状は、まず別の原因を確認しておくのが順序になります。
何科に行き、薬について何を伝えるか
受診先は消化器内科が基本です。近くにない場合は内科でも構いません。
そして受診時には、これまで試した市販薬の情報が非常に役立ちます。次の3点をメモしていってください。
- 試した薬の名前……箱を持っていく、または写真を撮っておくのが確実です
- どれくらいの期間、どのくらいの頻度で飲んだか……「たまに」ではなく「週◯回を1か月」と数字で
- 飲んだときに何が変わったか/変わらなかったか……「効かなかった」ではなく「便の回数は減ったが痛みは残った」のように分けて伝える
この3点は、医師にとって重要な診断材料です。「市販薬でごまかしていたと怒られるのでは」と心配される方がいますが、そんなことはありません。むしろ、どの方向の薬が反応したかは、次の一手を決める手がかりになります。
受診の流れや検査の内容については過敏性腸症候群(IBS)とは?40・50代男性の「通勤中の腹痛」の原因とつき合い方で詳しく解説しています。
薬だけに頼らないために|併走させたい3つのこと
薬は選択肢のひとつですが、それだけで完結するものではありません。薬と並行して動かしておくと、判断がしやすくなる3つを挙げます。
①症状の記録をつける(1日1行でよい)
日付・便の状態・痛みの有無・その日の出来事。この4項目を1行書くだけで構いません。2週間分たまると、自分でも驚くほど傾向が見えてきます。
「月曜の朝がいつも悪い」「取引先に行く日だけ崩れる」といったパターンが浮かび上がることがあります。これは薬では見つけられない情報であり、受診時にも強力な資料になります。
②食事の要因をひとつずつ確認する
過敏性腸症候群では、特定の食品が症状に関わることが知られています。ただし一度に何もかもやめると、何が原因だったのかわからなくなります。気になるものを1つずつ、2週間単位で確認するほうが確実です。
食事の考え方は過敏性腸症候群の基礎記事とガス型の記事で解説していますので、そちらを参照してください。
③ストレス側の入力を減らす
脳腸相関という仕組みがある以上、腸だけを相手にしていても限界があります。睡眠時間、仕事の抱え込み、休日の過ごし方。腸に信号を送っている側を減らすことも、立派な対策です。
ご自身のストレスの出方を確認したい方はストレスの症状とは?体・心・行動に現れるサインをチェックを参考にしてください。
よくある質問(FAQ)
Q 過敏性腸症候群の市販薬で、いちばんおすすめのものはどれですか?
A.「誰にとっても最適な1つ」というものはありません。過敏性腸症候群は下痢型・便秘型・混合型などタイプによって必要になる方向が正反対になり、さらに持病や常用薬によって選べるものが変わるためです。この記事の5分類でご自身がどの方向を必要としているかを絞り込んだうえで、薬剤師・登録販売者に「40代男性で、通勤時に下痢が出やすい」といった具体的な状況を伝えて相談するのが、いちばん確実です。
Q ビオフェルミンのような整腸剤だけで様子を見てもいいですか?
A.症状が軽く、赤信号のサイン(血便・体重減少・発熱・夜間痛など)がないのであれば、整腸剤で数週間様子を見るという選択自体は現実的です。作用がおだやかで、下痢寄り・便秘寄りのどちらにも振れにくい分類だからです。ただし、症状が週1回以上・3か月ほど続いているなら、それは様子を見る段階を超えています。整腸剤を続けながらでよいので、一度受診してください。
Q 病院に行く前に市販薬を飲んでしまうと、検査に影響しますか?
A.市販薬を飲んでいたこと自体が問題になることはありませんが、必ず「何を、いつまで、どのくらい飲んだか」を医師に伝えてください。とくに下痢止めを直前まで使っていた場合、便の状態が本来と違って見えることがあります。伝えてあれば医師はそれを織り込んで判断します。黙っていることのほうが、はるかに不利益です。
Q 出張のときだけ下痢止めを持っていく、という使い方は問題ですか?
A.年に数回の出張時に、添付文書の用法用量の範囲で使うのであれば、想定された使い方の範囲内です。問題になるのは頻度が上がってきたときで、週に何度も飲むようになっている、あるいは薬が手元にないと外出できないと感じる段階まで来ているなら、薬の使い方の話ではなく病態の相談に切り替えてください。「持っていると安心」から「ないと動けない」に変わった時点が、その分かれ目です。
Q 漢方薬なら副作用がないので長く続けても大丈夫ですよね?
A.漢方薬も医薬品であり、副作用や使用上の注意が定められています。体質に合わない場合もありますし、複数の漢方薬を併用すると同じ生薬が重複することもあります。「自然のものだから安心」という前提で自己判断で長期に続けるのは避け、継続する場合は薬剤師や医師に相談してください。
Q ガスや張りが中心なのですが、どの分類を見ればいいですか?
A.まずは②の消泡剤の分類と、①の整腸剤が該当します。ただしガス中心の症状では、ガスの量そのものよりも腸が張りを感じ取る過敏さが苦痛の中心になっていることが多く、消泡剤だけで解決しない場合があります。ガス型の詳しい対策はガス型の記事にまとめていますので、薬とあわせて生活面の調整もご検討ください。
まとめ:薬は「効かせる」ものではなく「使い分ける」もの
ドラッグストアの棚の前で10分迷っていたのは、選択肢が多すぎたからではありません。並んでいる薬がそれぞれ何の担当なのか、整理されていなかったからです。
- 薬は2層構造:市販薬は「出た症状への対処」、医療用医薬品は「症状の手前」に届く選択肢がある
- 市販薬は5分類で整理できる:整腸剤/消泡剤/止瀉薬/鎮痙薬/漢方。タイプが違えば必要な方向は正反対になる
- 第1類は「診断済みの方の再発時」が対象:まだ受診したことがない方にとっては入口ではない
- 40・50代は条件が変わっている:前立腺・緑内障・心臓病・常用薬が、選べる薬を左右する
- 2週間で判断する:試して生活の困りごとが変わらないなら、薬を替え続けるより見立てを任せたほうが早い
- 赤信号は例外なし:血便・体重減少・発熱・夜間痛・50歳以降の新規発症は、期間に関係なく受診
下痢止めを毎朝飲んで会議に向かう生活を、この先10年続けるつもりの方はいないはずです。薬は、症状をごまかすためではなく、生活を取り戻すために使い分けるものです。
そして、その使い分けを一人で背負う必要はありません。ドラッグストアには薬剤師がいて、消化器内科には検査があります。棚の前で10分迷ったのなら、それはもう「相談していい」というご自身からのサインです。